2016年5月31日火曜日

ネーミングの本質

もっともっと”ダメ恋” 「ネーミングの本質」

最上クンのことホントは好きじゃないよね。柴ちゃんが好きなのは自分だよねと晶さんに指摘された柴田ミチコが、
「好きってなんなんですかね~」と悩んでいると「めんどくさ、中学生か。」と晶さんがツッコミます。
「恋愛偏差値は。」自嘲気味にミチコも答えます。
「ま、今の柴ちゃんはこの人ならダマされてもいいって思えるほど好きかって話なんじゃない。」「ダマされてもいいって」
「それほどダメな恋が出来るって実は幸せなんじゃないかな。」という晶さんの諭しに対して
「出来ればダメじゃない方向で恋したいですけど」
「フフッ、ウケる」「大人になるとさぁ、賢くなってダメな恋ってできないの、歳とか年収とかお互いの条件のデコボコが埋まるか計算してさ、判る?」
「中学生なりに」


この二人の会話は、恋愛マスターの晶さんから教えを乞う柴田といった感です。

ここでようやく本題の「ダメな私に恋してください」というネーミングの本質について書きます。
ダメ恋ファンはソコについては何も考えないと思いますが、このドラマを見たことのないあるいは見たくない方のなかには、このドラマのネーミングに引っかかった方もいらっしゃるんじゃないかと思います。

それは、

①自分を自嘲しているかのような「ダメな私」というところが ×
②「私に恋してください。」というお願いベースの恋っていうのが ×
という意見が大方の総意かもしれません。

申し上げたいのは、自嘲やお願いベースだろうが恋が成就すればその人の個性がとても自然な形でにじみでることによって、その想いが恋する方へ届いたということでコレもありなんじゃないかなと思うのです。しかも今回のドラマのヒロイン柴田ミチコは、確かに年下イケメンへの貢ぎ癖のため貧困に陥ったダメダメ女なのですが、元会社の上司だった「どS」イケメン黒沢歩(以降、主任)と出会い、居候し、イジ゛られいろんな人達と付き合い向かい合うなかでダメダメな部分が昇華されますが、本質的には最終回でも主任に「おまえのアホはブレないな。」と突っ込まれるオンナです。

でも全部がダメダメ女ではなく、最終回の前の回では、「びびってんじゃねーよ」と柴田が主任を叱ります。「春子さんのこと好きなんですよね。好きなひとがつらそうにしてたら助けてあげたくなる。笑って欲しくなる。ただ恋してるんだって、それちゃんと伝えて主任の得意な保護今してあげなきゃ主任ダメ男です。ただのグズです。」大好きな主任を心の底から応援し、恋敵をも応援するミチコの魂の叫びは主任への品格ある気高いラブコールとなるのです。

自嘲したり気が小さかったり優しかったり品格があったり容姿がいろいろだったり、100%全てが素晴らしい人というのは世界中探してもどこにもいません。多分。

それは幻想です。昔風にいうと青い鳥かブルーローズです。
恋愛マスターの晶さんが言うようにデコボコが一杯あってそれを埋めることに一生懸命になっている人が大半かもしれません。
ダメな私に恋してください」というこのドラマは、全てのダメ女を代表する柴田がムリせず自分をさらけ出せるひとである主任に恋心をいかに表現するのかが見どころの一つなのです。そして主任の前でミチコは優美な輝きを放つのです。その輝きが恋なのです。